「話し方入門」を買った、あるコミュ障の会話
昼休み、職場近くの本屋で「話し方入門」という本を買った。カーネギーの名著である。
売場で流し読みした限りでは、「自信を持って話しましょう。そのためには、念入りな準備と練習が必要なのです。」みたいなことが書いてあった。
日常会話というよりも、スピーチなどを想定している模様。「偉大な指導者も、初めはお粗末な話し方だったのです」という記述もあり、よくあるビジネス書のようなガツガツ感がないところに好感が持てる。
別にスピーチをする予定など微塵もないが、もしもにそなえて予習をしよう。これを読破したら、きっと少しはステキな人になれるに違いない。
職場に戻るエレベーターで、そんなことを考えながら中身をぱらぱらとめくっていたら、同僚に遭遇。
「あ、本買ったんだ」
「うん、そう」
「へー、どんな本?」
緊張が走る。
話し方入門ですとは言えない。
雑談どころか、自分が知ってる資料の記述漏れについての会話でさえうまくとけこめない。そんなやつが「話し方入門」を買うなんて滑稽すぎる。「あいつ話し方入門なんて本買ったらしいぜ」なんて噂がたったら、さらにコミュ障ポイントが貯まってしまうではないか。しかも内容は微妙に違うのに。
そしてしばらく間が空いてからの返事がこちら。
「し…進撃の巨人」
ひどすぎる。
「ただの小説」とか、もう少しマシないいようはいくらでもあっただろう。しかもなぜグロいと有名な進撃の巨人をチョイスしたんだ、読んだこともないのに。
優しい彼は「ふーん、そっか」と一言残し、目的のフロアで降りていった。
明らかにサイズの違う文庫本を進撃の巨人だと言い張る同僚を、一体どう思ったんだろう。
いつか真実を話してみたい。
そう思いながら適当に開いたページには、こう書いてあった。
『話しはじめる前から、我々はすでに値踏みされている』